ハイゲンス、と聞くと安価で性能の劣るアイピース、という印象を持たれる方が多いかもしれません。自分も数十年にわたってその考えでした。

「ハイゲンス式」とは2枚の平凸レンズを使った2群2枚のシンプルなアイピースですが、

少しレンズ間隔を広げ、視野レンズをメニスカスにした「ミッテンゼー・ハイゲンス式」もあり、ハイゲンス式よりコマ収差を補正できる仕様になっているようです。

両者とも製造コストが安いので付属アイピースとしてラムスデン式とともによく採用されてましたが、F10より明るい光学系では結像が甘くなる、アイポイントが短い、見かけ視界が狭い(市販品では広くて45°。狭いものは35°程度)などの理由で
「安かろう悪かろう」
の汚名に甘んじ続けてきました。

もちろん、わたくし自身もその認識でしたが、1昨年の11月にLambdaさんのこの記事を拝見し

どうもハイゲンスが有利な状況もなくはないようだ、そう言えばミラクルKさんも以前「ハイゲンスいいよ」って言ってたような・・・で、試しにCZJの25-Hを中古で海外から取り寄せてESの5×テレセンバーローと組み合わせ15㎝F8につけて見たところ、果たして惑星がものすごく見えたのです。これにより、わたくしのハイゲンスに対する評価が180°転換することに(笑)

しかし、手持ちのビクセン・ミザール・五藤などの、ハイゲンス・ミッテンゼーハイゲンスではそこまで見えず、やはりCZJ並みの品質が必要なのかな、と思いました。とは言うものの、今回幸運にもCZJの25-Hが入手できたけどそれなりに高価だったし、今後どんどん手に入りにくくなっていくだろう。さらに、このような高品質ハイゲンスが新たに製造されることは絶対になさそうだし、さてどうする? と考えたわたくしが思いついたのが、

ハイゲンス・アイピースの自作

という選択肢でした。

幸い、光学エレメントとなる平凸レンズはエドモンド・オプティクスで様々なバリエーションが供給されています。ノンコートのは思ったより安いです。

それにしても口径1mm(!)からとはさすがのラインナップ。あまりにもカタログが膨大でハイゲンス製作の自由度も無限大(笑)。

とりあえず、上のカタログからSUZUKI,Takashiさんのおすすめもあり
φ20 f35 NBK7  3,350円 φ10 f17.5 NBK7 3,000円
の2枚を選定。

これをハイゲンス接眼鏡の公式、
f1(視野レンズの焦点距離):d(レンズ間隔):f2(眼レンズの焦点距離)=4:3:2
に代入するとレンズ間隔は26.25㎜、アイピースの焦点距離はf=f1xf2/(f1+f2ーd) なので、

35×17.5/(35+17.5-26.25)=23.33333・・・≒ 23 と言うことはこの2枚の平凸レンズで
 H-23㎜
が作れるということになるでしょうか。さっそく発注。届くまでの間に筐体をモデリングします。
ハイゲンス モデリング
明らかに某社のパチモンっぽい外観(笑)。一番右の筒が26.25㎜の高さにしてあって、これが2枚のレンズのスペーサーになります。

これらをあらかじめ3Dプリントしておき、エドモンド・オプティクスから届いたレンズを入れます。
FcsDNtVaUAAibwfFcsDeYdakAAt6p2
さっそく見てみますが、何だか少し倍率の色収差が出てしまいました。ということはレンズ間隔が最適化されてない。スペーサーは26.25㎜に作っているはずなのですが、自分の3Dプリンターはその辺があんまり厳密に出力できないのですよね。さらに筐体内がいろいろ干渉してレンズ間隔が変わっている可能性もあります。仕方ないので何種類か高さを変えてスペーサーを印刷。
IMG_E1253
この画像にはスペーサー3種類しかないのですが実際には微妙に高さを変えたのを10種類くらい作ってます。

本当はこのハイゲンス筐体をレンズとともにキット化できればいいのですが、現有の光造形プリンターではサイズ通りに出力したはずのものがハマらなかったりして結局現物合わせで削ったりしており、造形の信頼性が低いので現状では厳しいですね。さらに光造形の造形物は温度による伸縮も激しく、今後FDMの3Dプリンター導入の必要性を強く感じています。

さて、それはともあれ、寸法より0.5㎜ほど長く作ったスペーサーが何とかマッチしたようで、倍率の色収差も最小にすることができました。

6㎝F15テレパック60-ALにてCZJの25-H、五藤のH25㎜と比較します。
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まずは地上風景と昼間の月です。
FnigmRbacAIywlU
この3つのアイピースはいずれ劣らぬシャープな見え味でしたが
IMG_1258-2
(自作H23mm39倍によるコリメート画像)
驚くべきことに地上風景・昼間の月面とも一番コントラストが高いのが自作H23㎜でした!

まあしかし、CZJや五藤のハイゲンスは数十年前の品ですし、自作H23㎜はエドモンドのレンズの精度はもちろんですが新品でコンディションが良いからとも思われます。ただし結果として、CZJのハイゲンスに勝るとも劣らないものが出来たことは、CZJの世界的な在庫が払底の一途をたどっている現状を考えると「朗報」と言えるかもしれません。

さて、暗くなってきたので、①自作H23㎜、②CZJ25-H、③五藤H25㎜で本格的に月を見始めましたが、昼間ほど①②③に大きなコントラストの違いは見られませんでた。月齢6ですが、この3つのアイピースでは月の明るい部分に何カ所か「月面キラキラ」が見えますね。
無理に100点満点でつければ

①自作H23㎜ 色収差:96 コントラスト:98 解像度:96 (見掛け視野43°)
②CZJ25-H  色収差:97 コントラスト:96 解像度:97 (見掛け視野45°)
③五藤H25㎜ 色収差:98 コントラスト:97 解像度:96 (見掛け視野40°)

といったところですが、それぞれに特徴があり、平均点を考えるとどれもトップクラスのアイピースと言えそうです。夜間の月面でも僅差ながら自作H23㎜がもっともコントラストが高く、月齢6の地球照が一番はっきりと見えました。

しかし、長焦点アクロマートの対物レンズとハイゲンス・アイピースの組み合わせは素晴らしいですね。と言うのもこういうメーカー不明のH20㎜があって、
Fcs35LxaMAUFE37
これ両凸レンズ2枚でハイゲンス的な負のアイピースを構築している、さらにローコストのブツなのですが、6㎝F15のテレパック60-ALに組み合わせると

④変則H20㎜ 色収差:90 コントラスト:95 解像度:95 (見掛け視野35°)

くらいには評価でき、視野の中央50%くらいなら充分月面キラキラも見えるのですよ!

こうなると現行で激安に入手できる、


この辺のハイゲンスも気になってきますね。両凸×2かも知れないけど(笑)

と言うわけで、長焦点アクロマートにおけるハイゲンスの絶大なパフォーマンスを目にしますと、反射や短焦点屈折に付属させられているハイゲンスがいかに目的外使用であるか、というのがつくづく胸に落ちます。これらの光学系にハイゲンスを組み合わせるのはフライパンで米を炊くぐらいの暴挙と言っても過言ではありません。「長焦点アクロマートで仕事させてくれよ!」というハイゲンス君たちの心の叫びが聞こえてくるようです(笑)。

とりあえずハイゲンス自作に関してそれなりのノウハウが得られましたので、今後は自在なスペックのハイゲンスが製作できる環境が整ったとも言えます。わたくしの作例ではノンコートのレンズを使いましたが、エドモンドからは 「VIS 0° コート」付きの平凸レンズも供給されていますので、これだとさらにコントラストが向上する可能性もありますね。さらに今回は「f1:d:f2 = 4:3:2」型のハイゲンスでしたが、「f1:d:f2 = 3:2:1」型も考えられますので、この記事をご覧いただいた皆様にもいろいろなバリエーションを試してみてくだされば、ひょっとしたらCZJのハイゲンスを超えられるかも!?

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それにしても、星を始めたころは、

アクロマート → アポクロマート
ハイゲンス → オルソ

てな感じに機材グレードアップしていくものだと信じて疑いませんでしたが、まさか数10年後にアクロマートとハイゲンスに戻ることになるとは思いませんでした(笑)。ニュートン信者を公言して憚らないわたくしですが、あえて言おう

アクロマート+ハイゲンス 最高!

と。あれ、これ前にも言った気が(笑)