天文学者であり、日本のATMの元祖ともいうべき、中村要先師については皆さんよくご存知と思います。当方の5cmハーシェル・ニュートンは中村師の大きな影響のもの製作されましたが、師は「5cm望遠鏡」というタイトルで「天界」に1931年3月25日に寄稿されています(これは京都大学の「紅」で閲覧可能)。5cmクラスの望遠鏡はNEWTONYutoさんの5cmF10トラスなど、ここに来てにわかに盛り上がりを見せて(?)おり、中村師の原稿を紹介するに機は熟したと考え、PDFからテキスト起こしをし、旧字体・旧かな使いを現代のものに変更したものを転載することとします。一部漢字や文章の意味が不安なところ(臺→台? など)ますが、これは全くわたくしの不勉強で中村師の意図を伝えきれてない部分です。大変申し訳なく思いますが、それらを差し引いてお読みいただければと思います。

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5センチ屈折望遠鏡
             花山天文台
           中村 要

 比較的安くて,しかも何でも相当見える望遠鏡であるから5センチ屈折鏡は相当沢山の人が所持して5cm屈折いる。多分数百個も国産品があるだろう。従って将来も多数に購入される素人が多い事と思う。天体望遠鏡としての選択の要領を参考の薦めに書いておきたい。

 5センチ屈折望遠鏡の対物レンズは天体用にできているものはF15すなわち焦点距離75センチ位のもの,あるいは景色用に作ったものなれば焦点距離50センチ位のものが多い。小口径の対物レンズは国産品で相当良いものがあるが,五藤光学研究所の商品(定価30円)を例にとると,有効直径58ミリ焦点距離800ミリのものである。これの設計はクラワン凸レンズの曲率比一対二のもの従って第四面が凸であって視野の平坦な特長を有している。製造研磨上の都合で焦点像にアスチグマチズムの欠点のあるものがあるが,概して球面牧差もよく除かれ,色消も段々改良されて近来のものはほとんどよい。普通の対物レンズは三等曲一平面の簡単な型に類似したものであり、これで充分である。外国製品では諸方の製造家から購入し得るが、やすいものではクラークソン会社のものであって同社のはクラウンガラスに普通の板ガラスの使ってある事が多くて困るが手際よく滑らかに磨かれている。価は15円位である。上等品はオツトエー会社のものでは五ボンド(60円)位のものもある。質、ことにガラス材の良否はぼ価格に比例するものである。高価なレンズはことにガラス面の美しい研磨に労力を払ってある。四つの面を一面づつ磨く揚合に5センチ程度の小レンズはかえって良い面が得難いらしく,従って五センチ級のレンズには飛切り良いものが稀である。レンズの端はすり取られるから割合によいが,中央に大きな欠点が多い。対物レンズを求めるには大概なら値段で製造者を信用して求めなければならぬが,できれば経験のある人に一度像を検査してもらうとよろしい,

倍率 対物レンズの焦勲距離を800ミリとして各種の接眼レンズの倍率を表にすると左の様になる,接眼レンズは購入時に指定して都合のよいものを得る事が出来るが,接眼レンズー個の揚合は12.5ミリかあるいはもしあれば15ミリのものがよい。接眼レンズ二個なれば18ミリと9ミリ、25ミリと9ミリ,あるいは18ミリと6ミリのいずれかの組合せがよい。接眼レンズ三個なれば25,12.5,6ミリの三個一組が最もよい。あるいは都合で18,9,6ミリか、25,12.5,9ミリの組がよい。太陽槻測に専用にするには18ミリ,変光星観測には25ミリ,彗星探しには40ミリか30ミリをまず選ぶのを忘れてならない。一体接眼レンズはあとで購入しにくいものだから望遠鏡と一緒に無理をしても購入しておく方がよい。高倍率の6ミリ殊に4ミリはあれば便利であるが、あまり実用にならぬから,それのみに予計な費用を費すのは考えものである,5センチ鏡で見えるものは9ミリでその限度に達しているのであって,9ミリで見えないものが4ミリで見える様にはならずにただ大きくしかも甚だ暗くなる。接眼レンズはハイゲン式のもの殊にミフテンズワイ式のものがよく,ケルナー式のものは低倍率を除いて要らない。絶えず眼鏡をかけている人はハイゲン式では視野の端の方まで一度に見えないからオルソスコピツク式の方がよい。太陽観測用のサングラスは一個あるいは濃淡二個あればよく、5センチ鏡ではほとんど破れる心配はない。

 天頂観測用のダイアゴナル・プリズムはあれば便利であるが無くてもよろしい。殊に熱心な観測家になりたい人は持たない方がよく,その費用で接眼レンズを余計に購入した方が得である。一体ダイアゴナルを使って天頂を見ると首は痛くないが天を裏から見ている事になるから星と親しみが出来ない。ダイアゴナルを天頂だけでなくどこの方向にでも使う人があるが,その人達は大概観測家でなく観望家である。研究観測には特殊の場合を除いてダイアゴナルを使ってはならない。ファインダーは変光星観測でもしなければ先ず必要はない。

 台架の卓上用のものは安いし,又軽便でよいが使用に際してその度ごとに台を探さねばならぬし,殊に天頂附近の観測が困難である。地上用の三脚の高さは,筒の軸部が筒を水平にした時に眼の高さにある位が適当であるが、5センチ鏡は割合に細高く,従って弱くて風が吹くと震動する心配が少なくない。台を強くすれば自然重くなって取扱は不便になる,回旋部も5センチ鏡なれば微動運動が無くても普通には差支わない。微動は高倍率を使う揚合には必要である。微動装置も工作が悪いと仕事の種類によってはかえって不便を伴う事もある,

 5センチ望遠鏡で見えるものは簡単に申せば天文教科書に出ているものは何でも見えるが,しかし多少でも高倍率を要するものは見えないのである。従って低倍率の方面にしか研究観測が出来ないと見た方が適当であろう。太陽は3センチ位の小望遠鏡でも黒点はよく見えるのであるから,5センチであれば黒点を見る位は容易な問題であり,黒点の暗部,半暗部その他太陽の端に近い白紋もよく見える。ただ黒点の数が8センチや10センチ鏡に比して多少少ない,毎日連続して黒点の群や数をかぞえるには50倍がよく,黒点を精細に見るには70倍を要する。普通の天文書に出ている上弦,下弦の月の全景は3センチ望遠鏡で容易に見えるものであって,5センチ鏡で100倍も使えばかなりの微細な火口の様子まで分かる。5センチでは多少暗いので月の美麗な光沢を味わう事が出来かねる。
 
 遊星では金星の三日月は容易に認め得る。火星も大きさは充分見え,都合がよければ黒い模様のある事や極の方の明るい事が知り得る。木星は扁平な本体と一直線に並んだ四大衛星の興味深い運動は容易に見える。木星の赤道に平行な縞も充分見えるが自転を確め得る程には見えない,土星は輪の存在するだけでなく,扁平な本体を取巻いた平らな輪である事が知り得る程度に見える。衛星もチタンだけは何時も見える。但しカシニ溝やクレープ環は5センチでは見えない。天王星,海王星の姿は普通の星と差がない。彗星探しも低倍率の接眼レンズと観測家の熱心があれば5センチでも見込みがある。倍率20倍,視野の径2度のものであれば一夜で天の大部分を探し得る便利がある。恒星は10.7等まで見えるので普通の夜なれば10等星全部が見えるのはかけ値のない所である。まずボン天図の星は全部見える。星雲や星団も,ノルトン星図にあるものは淡いながら殆んど全部見える。しかし口径が小さいから存在を確める位で二三の明るいものを除いて星団の美しさは味わい得ない。球状星団のごとき星雲のようにぼんやり見えるものは沢山あるが個々の星に見えるものはない。二重星も5センチ口径の分離能力が角度の2.3秒であるから著名な二重星を見るにはほとんど不自由を感じない。ことに白β鳥の如き離れた色彩二重星の美しさは充分に味ひ得る,9ミリで大概の二重星は見え,特に困難なものは6ミリを使えばよい。

 変光星観測は5センチで夜間なし得る唯一の研究観測の目的物である。観測には25ミリか或は18ミリがよい。5センチ望遽鏡は初心の変光星観測者にとって好都合で肉眼とあまりはなはだしい差の無いのが便利である。目的物は7ないし10等の星であって5,6,7等の星はガリレオ双眼鏡で連絡ができる。又10等より淡いものでも目の良い人は11等全部は見えるから観測できる範囲が広い。5センチでは星から星にと手軽く能率よく観測できるので便利がよい。変光星観測には50倍以上の倍率やダイアゴナルを使う事は禁物である。

 要するに5センチ屈折鏡の特長は早便だという点にあるが。一方天体用としてやや小さくて物足りなく明るさが足りないという欠点がある,しかし実地観測上から見れば気流が悪くてよく見えないという欠点が口径が小さいがためにほとんど存在せず何時もほとんど同じ条件で見えるのは好都合である。常に能カいっぱいのものが見えるからもし有用に使うなれば安物の粗製品は求めない方がよい。またあまりゼイタクなと思われる様な高級品もいらない。現在国産品で5センチ屈折鏡を最も沢山作っているのは東京の五藤光学研究所で構造や付属品の程度で80ないし200円で売っている。相当多量に生産するから比較的良い設計もありまた欠点もある。別に科学画報代理部でも部分品を扱っている。日本光学工業会社では景色用のものを天体用に筒部を直して売っているが口径50ミリ焦点500ミリのもので100円許りである。京都の西村製作所では器械部だけしか作らないが,構造の異った型式のものが得られるしあるいは設計によって任意の型を作らせる事も出掌る。対物レンズは五藤製のものあるいは外国製品でも任意のものを選ぶ事ができる。一般に多少程度が高い、うんと上等のものではツアィス支店の60ミリのツァイス製望遠鏡で仲々よく出来ているがその代り600円位はする。一般に品物と値段と比例するのは止むを得ない事で現在値で100円あるいは多少余計に出さないと相当良いものが得られないであろう。

5センチ屈折鏡を試験するには,望遠鏡を組立てて一通り取扱法を覚えてから対物レンズを試験する・先ず半月より大きな満月近い明るい月を見て欠けてない側を90倍の倍牽で見る。もし色が目につかなかったり、あるいはわずかな紫色が見えれば色消しは正しい。紫色が強過ぎたりあるいは赤が見えるのもよくない。次に一等星を見て焦点を多少外して,焦点のわずか内側でもあるいは外側でも大体同じ形の円形の像が見えていたなれば球面牧差の修正は正しい。土星の輪が90倍ではっきりしなければあまり良いものでない。二重星の分離で解像力を検査するには琴のεの二つの二重星がよく,同じ視野に二つの二重星が見えるが明るさの差の少い方の距離が2。3秒で,これが二重に見えれば及第である。

天文同好会観測部指定望還鏡

 下記の付属品を有する五センチ望遠鏡を観測部指定望遠鏡と致します。現在価は国産品で百二十円内外でありますが詳細は製造所につき御尋ね下さい。

              天体用5センチ望蓮鏡
              地上用三脚台、格納箱つき
              接眼レンズ天体用25,12.5,6ミリ 三個
              サングラス ー個

         製造所    東京市外駒澤町上馬    五藤光学研究所
                京都市川端荒神口上ル   西村製作所


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これが書かれたのは1931年、つまり昭和6年です。当時の貨幣価値の換算には諸説ありますが、当時の1円=現在の2500円くらいと換算すると、120円は30万円ということになり、相当に高価なものであったことがわかります。現在、はるかに高性能な望遠鏡が何十分の一の価格で入手できるわけですから、我々は非常にいい時代に生まれた、と言えますね。

以上、いろいろと現在とは違う事情、さらに現在でも変わることのない天体への感動が語られた素晴らしい文章と思います。本当に20代の若さでなくなられたのが残念でなりません。この文章のすべてについて語って行きたいのですが、印象深い表現をひとつだけ抜き出すとしたら、

天を裏から見ている事になるから星と親しみが出来ない

でしょうか。「裏像」が観測上問題だ、という部分は、90年の時を超え、まさに我が意を得たり、でした(いや、自分は観測をしているわけではないので、別に裏像でも不都合ないはずなのですが)。

以上、先達の考えをどうしても皆さんに知っていただきたくてアップしました。著作権には触れないと思っておりますが、「京都大学紅」関係の方等、問題があると感じた場合はご一報ください。ただちに削除したいと思います。また、解釈上の間違い等ありましたらお知らせくださればうれしいです!