天文ファンの間では、おそらく2020年を締めくくるリアルタイムな話題になっているであろう、
遊歩新夢著になりたかったと」
を読みましたので、少し感想を書いてみたいと思います。
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新しい作品なので未読の方も多いと思いますから、ネタバレにならない範囲で展開するつもりです。と言っても全く内容に触れずに書くのは不可能。一応、本の帯には、
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とありますので、この範囲でならOKかなという設定。

まず、「星に名前が付けられる」というのは、一般社会から見たインパクトがそこそこありますので、これまでもいろいろなドラマなどで取り上げられてきました。しかし、皆さんご存知の通り、そのほとんどが聞きかじりの上っ面をなぞっただけに終わっています。

しかし、今回の「星君」ではその辺の考証のリアルさが別格ですね。
実際の小惑星ハンター・彗星ハンターの皆さんのフィールドワークへの理解とリスペクト、それに基づく実際にもあり得る新天体発見にまつわる展開、いやもう素晴らしいです。正直、この本を読んで初めて知った部分も多かったです。また「失踪天体」への言及もありましたが、中村彗星のエピソードを彷彿とさせましたね。


さらに、唯一の悪役(?)として廣瀬和康という人物が出てくるのですが、この人物について
「実践的にアストロハンターをやっている人々からすれば、廣瀬は薄っぺらいのだ」
とあります。これは既存の作品があまりにも現実とかけ離れた「薄っぺらい考証」で天文を取り上げていたことに対する遊歩先生の問題意識が出ている気がしました・・・考え過ぎですか?
ちなみに、「星君」で何でも好きな役をひとつやらせてもらえるなら、自分は圧倒的にこの廣瀬和康を演じたいですね! ま、それはどうでもいい話でした(笑)。

さて、この天体に名前を付ける、という行為が、「名前」というものの意味、さらにはその人が生きた証、につながっていきます。人は何の為に生きるのか、という重厚なテーマにまで発展していくのですが、非常にドラマチックなかたちでこれを投げかけていて、この首尾一貫のさせかたはすごいなと思いました。

自分は、以前「人は自分が生きていた痕跡を残してはならない」というネイティブ・アメリカンの哲学に傾倒してたので、「生きた証を残す」には少し個人的な疑問もあるのですが、古今東西の名作文学(たとえば夏目漱石の「こころ」は定期的に再読してしまいます)など故人が残した文化遺産で、現在に生きる我々がメリットを享受している例もありますので、どちらとも言えない面もあります。
そう考えると故人が生きた証と言うのは、残された人の為にある、と言うこともできますね。

天文ファンにとっての現在進行形な話題作には、オジロマコト著「君は放課後インソムニア」
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もありますけど、テーマを根幹的なところにまでさかのぼっていくと、両作品に共通な部分がかなりある気がしました。しかし「星君」のほうが「重い」扱い方になっているので、「星君」の後、続けて「君イン」(勝手な略称 笑)を読むとかなり「ホッ」とするので、この読み方はおすすめです!

あと、主人公、秀星の通っている大学は作中には言及がないのですが、大学病院と工学部・理学部が同じ敷地にあるってことだから大阪大学の想定? でしょうかね? まあそんな大学たくさんあるか。

「星君」、すでにドラマ化されていて、1月4、5日には放映されるのですが、

クレジットには
原案:遊歩新夢「星になりたかった君と」
とあるので、原作の設定を一部使用しただけで、全くオリジナルのストーリーになっている可能性がありますね。登場人物の設定もかなり違っていますし。秀星の祖父が存命で嶋田久作が演じるのは楽しみですが・・・帝都物語!(笑)

と言うわけであっという間に天文ファン必読の書という位置づけになった「星君」ですが、当然、これだけの作品になると「ここがこうだったらいいのに」という部分がかなりありました・・・いや、全編にわたってそれが散見される、と言ってもいいでしょう。これらは、思い入れの生じた作品にのみ、感じることなのですが、ネットでそれを書くとクレーマー的なヘイトスピーチに取られてしまう場合がありますので、ここには書きません。
・・・と言うか「そうやって上から意見を言っているお前の描く漫画のほうが100万倍、貧弱! 貧弱ゥ! ではないか」となると何も言えない、という部分もありますが(笑)。

いずれにせよ、小説・ドラマ合わせて1月9日のオープン双天会で話題にするのが非常に楽しみになってきました。